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  薬物乱用防止教育講座
と き:2007年2月20日(火)
ところ:名古屋市立城西小学校
<報告> L 鈴木 隆男

 今期最後の薬物乱用防止(小中学校対象)のACTとなりました。ACT内容が毎回同じパターンなので、今回の報告はまったく別の角度からおってみることにしました。
去る2月20日、名古屋市立城西小学校6年生を対象に実施しましたが、何とも後味の悪さが残りました。私は27年間ライオンズクラブに在籍してきましたが、こんな気持ちになるのは初めてです。理由としまして、小学校にまで麻薬乱用防止のキャンペーンをしなければならない日本の現状、こんなアブノーマルな現実に憤りを感じるからです。
英国の経済学者曰く、「歴史を無視するものは歴史によって処断される。」薬物乱用にも歴史があります。第一次薬物乱用期(S.23〜29年)、第二次(S.44年ピーク)、第三次(H.9ピーク〜現在に至る)。第一次薬物乱用期を除けば60年間の平和が続いての緊張感の喪失、又大義たる目標失った退廃的堕落。目的を達成するためには手段を選ばない暴力団の参入。資金獲得が困難になり、国の宝である子供を麻薬のターゲットにするとはいやはや言語道断であります。それに加え売人のイラン人が携帯電話を巧みに使用した売買が、検挙を困難にしている。特にこの第三次薬物乱用期は、今や小中高生などの若年層へと浸透しています。更に驚くことに検挙者の60%が女子生徒であるとはもはや開いた口がふさがりません。これが日本の社会の暗部を現しています。
第一次薬物乱用期を除いた理由は、昭和23年〜29年当時私は高校生でした。昭和6年満州事変から太平洋戦争の14年間勝利を信じ「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵」のスローガンの下。1億国民をその方向に向かせていました。緊張の連続で昭和20年8月15日終戦玉音を聞いた当時、私は中学生で突然目の前が真っ暗になり、涙が流れました。
間もなく戦地より次々と復員して来る、帰ってみれば家もなく親兄弟もいない、人間の生きる基本である衣食住さえありません。自分達は命をかけてこの国を守ってきたのに帰ってみればこのざま。

私は自暴自棄になり、ヒロポンを使用しました。この現象は米国と同じでした。世界大戦が終わった頃の米国は日本の戦後同様で、若者が職もなく、目的もなく毎日ぶらぶらし、殺人、強盗、麻薬で手のつけようのない荒廃した社会でした。それをみかねたメルビン・ジョーンズが立ち上がり、その現状を打破しなくてはと思い、立ち上げたのがこのライオンズクラブと言われています。
以上、日本の裏街道を歩いてみましたが、帰着するところは「大人」であると思うのです。
私は小学生に対してお話をしたのは初めてで、10分間という短い時間で分かりやすく説明したつもりですが、理解していただけたか心配です。「薬局で販売していない薬には手を出さない。」を合い言葉に講演を終えました。この短いフレーズは小学生も理解することができ、納得した様子にライオンズマンとしての矜持をかろうじて保つことができたように思います。
話を聞く生徒達
ヒロポン・・・・
 特攻隊が出撃する前、士気を高める為に
 使用された麻薬の一種です。
 それが終戦とともに一般社会へと流出し、
 麻薬汚染の一因となりました。


 

 

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